銅製経箱は1528年の大火の時に発見されその後の有馬温泉の復興の後押しになったもので、焼失した現在の有馬温泉の地から発見されたことで閻魔からの贈り物と称されているものです。

温泉寺薬師如来像の頭部が焼け落ちその中にはメモと経典がはいっておりそれをたよりに記された場所を掘ってみると金銀銅の経箱が発見され経箱の蓋(ふた)には「金紙金字一乗妙典、大慈大悲(だいじだいひ)両界曼荼」と記された経箱と経典等が見つかった。
銅製経箱の美術工芸的価値について※有馬温泉協会より抜粋
内箱(27.2×17.7×12.7cm)と外箱(28.1×18.8×14.0cm)の2点からなり、蓋には両箱とも蓮台上の短冊形に「金紙金字如法妙典、大智大悲両部曼荼」と彫りつける。また内箱は短冊形の周囲を魚子地に蓮華唐草で飾り、蓋表、側面を蓮華唐草で装飾する。一方、外箱の蓋表、側面は散華で装飾し、内箱と意匠が一部異なる。また内箱は鍛造、外箱は鋳造によって造られたパーツにより、それぞれ組み立てられており、製作技法も異なっている。製作年代ついては、両箱が同一時期なのかどうかなど、今後の調査に待つところが多いが、内箱は南北朝から室町時代前期と思われる。
中世の銅製経箱の残存例は、吉野金峯山経塚出土品(平安時代 国宝・重文)、比叡山横川如法堂出土品(平安時代 国宝)、厳島神社平家納経(平安時代 国宝)、有馬温泉山経塚 金銅板製経箱(1271年 銘文「依閻魔法皇勧進 奉納温山如法経」「文永八辛未八月三十日 勧進比丘俊英」「如法経箱 温泉山」)、京都 要法寺所蔵経箱(1555年 重文)など僅かであり、その点からも、今回の銅製経箱は貴重なものといえる。
