有馬温泉の歴史01
有馬温泉の守護神として名高い湯泉神社の書物によると、この地に泉源を最初に発見したのは、神代の昔、大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱の神であったと記されています。この二神が有馬を訪れた時、三羽の傷ついたカラスが水たまりで水浴をしておりました、ところが数日でその傷が治っており、その水たまりが現在の兵庫県の有馬温泉であったと記されています。
温泉のありかを教えてくれたこの三羽のカラスだけがこの地に住むことを許されたと伝えられており、「有馬の三羽からす」と呼ばれています。
この地の存在が世に広まったのは、第34代舒明天皇(593~641年)、第36代孝徳天皇(596~654年)の頃からで両天皇の行幸でこのちをおとずれ有馬の名は一躍有名になりました。日本書紀の「舒明記」には、舒明3(631)年9月19日から12月13日までの約3ヶ月の間舒明天皇が摂津の国有馬(原文は有間)温湯宮に立ち寄り入浴を楽しんだという記述があります。
釈日本紀によると、孝徳天皇も同じくこの地の湯を愛され、大化の改新から2年後の大化3(647)年10月11日から大晦日還幸までの82日間、左大臣(阿部倉梯麿)・右大臣(蘇我石川麿)をはじめとする要人達を多数おつれになり滞在されたとの記述があります。
伝わる文献によれば、舒明天皇・孝徳天皇の度重なる行幸により世間に名をしられるようになった有馬温泉ではありますが、その後少しずつその名残もなくなり衰退をしていきましたその現状を打開しこのちに再び賑わいをもたらしたのが名僧行基です。
行基は聖武天皇(701~756)の信任あつく、日本国内に残るさまざまな池、橋、建築物など多くの遺産を残した人物です。